アロマへのかかわりと興味
['05.01.01]


"アロマセラピー"との出会いは、88年だったと思う。
近所の雑貨屋さんの店先に、忽然と"アロマセラピー コーナー"が登場した
棚にずらりと並ぶエッセンシャルオイルのボトル。
水とエッセンシャルオイルを入れ、下からろうそくで暖めて香りを楽しむポット。
それら周辺雑貨とともに、ジャーンという感じで並んでおり、
横に一人の女性が座っていた。

 こういう科学実験的な雰囲気が大好きな私は、思わずするすると寄っていき、
そこに座っていた女性に、色々と話を聞き始めた。3時間くらいは話し込んだと思う。
その女性は、フランスでアロマセラピーを勉強して日本へ戻り、
これからそれを広めようと頑張っている
とのこと。
アロマセラピーとはなにか?どうやって使えば良いのか?
今から思えば納得だが、話を聞けば聞くほど
「これは科学の知識が必要だ。」
「中途半端に使うのはむしろ危険だ。」

と思った。

その人がやるというセミナーにとても惹かれたが、そのときの私には、とてもそんな時間は無かった。
「いつか余裕ができたら、これを勉強しよう」
と思い、その日は、お勧めに従い、数種類のエッセンシャルオイルとポットを手に入れて帰った
このときのオイルが何だったかは、今となってはさっぱり記憶に無い。
今から思えば、あの時、あの人に"フランスのアロマテラピー"を習っておけばよかったと悔やまれる。

 本当に仕事が忙しい時期で、帰ってくるのはいつも夜中・・という頃だったので、
次にその店へ行ったのがいつだったかは定かでない。
が、その次店の前を通った時には、
アロマセラピーのコーナーは無くなっていた
手に入れたオイルをポットで炊くだけのアロマセラピーだったが、それなりに楽しんでおり、
少しづつでもいろんな話が聞けるといいなぁと思っていたので、
これはとても残念だ出来事だった。
果たしてこれから、何処でこれらを手に入れれば良いのか、
何処へ行けば、商品と情報があるのか・・・
じたばたと探したように思う。


丁度その頃から、定期的に毎月1回、1-2週間、東京へ出張するようになった。
どうやって見つけたのかは忘れたが、表参道の「生活の木」と、自由が丘に「グリーンフラスコ」
という店があることがわかった。
出張のたびに、仕事を早く終わらせては、都内の「生活の木」へ通った。
が、そこにあった本はどれも3千円、6千円と、当時の私には高く、
数あるエッセンシャルオイルも、相談に乗ってくれる人が居ないため、
どれを買えば良いものか、何度通っても途方に暮れた。
それはもう、本当に何度も何度も通い詰めて、
確か、最初に買った本は「アロマテラピーのための84の精油」だったと思う。


それから、人づてに聞いた、自宅でやっているアロママッサージを受けに行った。
片道2時間かかっていくのだが、カウンセリング、バス込みで、ナント1回約3-4時間のマッサージは至福だった。
が、さすがに片道2時間、往復4時間。1日がかりのアロママッサージは続かなかった。
アロママッサージの講習会に出かけたりもした。
実習込みの丁寧なセミナーだった。
けれど、結局自分でマッサージをすることは無かったかなぁ。


94年頃
だっただろうか?
神戸に"アロマセラピー マッサージ"のサロンが出来たというので、行ってみた。
もともと"マッサージオタク"なわたしである。
ギュ-ギュ-押さないけれど、至福の時間をくれるこのマッサージには魅せられていた。
当時からすでに、毎回カウンセリングを行い、
行くたびに違ったオイルをブレンドしてマッサージをしてくれていた。
マッサージオイルのほかに、ベッドにうつ伏せに横たわった時丁度鼻先の位置に
"香り"用に、エッセンシャルオイル染み込ませたコットンも置いてくれる。
帰りには、必ずその日に使ったオイルの解説と、香り用のコットンを持たせてもらった。
せっせと通ったことは言うまでもない。


95年。
火こそ出なかったものの、ライフラインの復旧は市内でも最後というくらいの
激震地区で阪神・淡路大震災にあった
部屋の中は足の踏み場も無いくらいに物が散乱していたが、幸い、怪我をするでもなく、
住んでいたマンションも補修で済み、私自身は、その日のうちに実家へ連れて帰ってもらった。
(このときの日記はこちら→)
全てのライフラインが復旧するまで約3ヶ月間、
物理的にも心理的にも、 それまで住んでいたところへ戻ることが出来ず、
最初の頃は片道6時間かけての、実家からの通勤だった。
 
 地震の日から1週間後から仕事は始まったものの、ある日、異常にハイになっている自分に気がついた。
飲み屋で喋りまくっている自分が、どうも変だ。
自分でも元気だ、大丈夫だと思っているけれど、、何かが自分の中で変だと思った。
気分転換に、周りが瓦礫だらけの神戸を離れようと、仕事を作って東京出張。
こういう時こそアロマセラピーだと思い、「生活の木」でエッセンシャルオイルを3本買った。
レモン
ペパーミント
ローズウッド

知識も何も無いので、サンプルの前に立ち尽くして、片っ端から香りを嗅いでは、
散々悩んで決めたのがこの3つだった。

 それから毎朝、出勤時には、ビル解体の埃がすごいのと、風邪の予防でつけていたマスクの内側に、
このオイルを1滴づつ落として出かけた。
夜眠る時も、マスクにこのオイルを落として寝た。
今から考えると、これでよく眠れたものだと思うけれど・・・(^^;)

 エッセンシャルオイルを使い始めてから、6ヶ月くらいしたある日、「もう大丈夫かも」と思った。


この1件で、自分の中になにか「アロマに対する確信」ができた気がする。
この年以降、近くの民家でやっているアロマを使ったコスメのセミナ-に定期的に参加したり、
通信教育をとってみたり(これは結局、あまりやらなかったが・・・(^_^;))
セミナーでは、20代から60代まで、幅広い人に出会い、
色々な情報も聞くことが出来、同じ仲間が居ることが嬉しく心強かった。

セミナーや本を参考に、自分でもかなり積極的にエッセンシャルオイルを使うようになり、
気分転換にオイルをブレンドしてバーナーで焚いたり、
ローズでフェイススプレーを作ったり、
ビーズワックスでローズ クリームを作ったりしていた。
その成果(!?)は、「おうちでアロマ」という、
私にとって初めてのアロマセミナー(といっても、自宅に友人を呼ぶ程度)にまとまっていった。

  前年に見つけたアロマセラピー マッサージは、地震のあおりでサロンはクローズしたものの、
私の担当者が独立したというので、そちらへ通い始めた。


98年頃
ちょっと、本格的に"アロマセラピー"を勉強してみようかと思い始めた。
実は、この頃思っていたのは、アロマセラピーだけではなく、
それまでとは違うライフスタイルを色々と模索していた。
その中の1つがアロマセラピーだった。
色々な学校や講座の資料を取り寄せ、説明会、簡単なセミナーなどに顔を出していた。
が、アロマのコースは、どれも私の頭の中でベルは鳴らなかった。
どれも中途半端にしか感じられなかった。
こういう勉強の仕方ではないんだなぁと。
ただ、そうこうしているうちに、色々な情報は手元に集まり、
ポットで炊く以外のアロマを、徐々に自分なりに楽しめるようになっていった。


99年
不測の事態が起きた。
結婚、シドニーへの移住。
どうして"結婚"が不測なのか?と人には言われるが、ちょっと、発作的だったもので・・・(^_^;)
人が言うような、それまでの伏線は無かったのです。

確かに、仕事の仕方も、生活も変えたいとは思っていた。
が、結婚したいとか、海外に住みたいとかは思っていなかっただけに、
自分でもこの展開には驚いた。

かといって、"専業主婦"でじっとしていられる性分でないことは、
自分のみならず、誰の目にも明白だった。

でも、どうせなので、それなら自宅で"わがまま"にできる仕事をしようと思った。
現実的な選択肢はインターネットのコンテンツ関連、カウンセリング、アロマセラピーだった。
できることを、できる時にやろう
というのが私のモットーなので、手が着くところから、どれも着手していった。
結果として、現在に至っているものが、ストレスカウンセリング(スリーインワン)アロマセラピーだ。


ストレスカウンセリング(スリーインワン)については、別ページにて紹介している通りだが、
アロマに関しては、どんなイメージで展開したものか、随分と考えた。
不自由極まりない英語で、色々と聞いたり調べたりするうちに、
「エッセンシャルオイルを販売するのに、特に資格は必要ないわ。
貴方はもう十分にアロマセラピストよ。」

とサプライヤーからは言ってもらえたものの、自分なりにある程度の商品知識は欲しかった。

いろいろ調べていくうちに、日本では見たことも聞いたことも無いオイルも、かなりあった。
英語の資料を買い集め、日本へ帰っては訳本と医学辞書を探し、
あちこちからサンプルを取り寄せ、友人達にも手伝ってもらいながら実際に試した。
扱いたい製品は、エッセンシャルオイルだけでなく、
色々な基材もあったので、それらに関しても知識と情報を探し求めた。
できるだけ、いい加減な情報提供はしたくなかった。
寝る間も惜しんで必死で勉強した。
この時点では、7-8割はアロマというよりも英語の勉強とも言えるけれど。
このときが、一番必死にアロマを勉強したし、一番多くの基礎知識を手に入れた時でもあると思う。


このときの勉強は、その後、結局Diplomaをとりに学校へ通ったときにも、
大いに役に立った。


勉強しながらも、ショップのコンセプト、品揃え、価格設定、ホームページ作成など、
することはいくらでもあった。

"ヒーリング"
という言葉は、どこかいまひとつしっくりこないけれど、
それまでの私の中の流れを考えても、


やるからには、品質重視でいきたい。
低価格、普及品、薄利多売にすれば、ビジネスとしては大きくなるし、儲けやすい。
が、私が今これからやりたいことは、多少仕入れコストや手間がかかっても、大量販売や有名にならなくとも、
「わかる人にはわかる」
わがままな品揃えと内容でいきたい。

たしかに、これまで会社では"規模"や"量"が前提であり、
大きいことがいいことであるというビジネスをやってきた。
が、それゆえに、犠牲にせざるを得ないものもある。
小さいことによる、別のもどかしさは生まれるかもしれないけれど、
それが、 サラリーマンをやめて、オーストラリアで、自宅で、オンラインでやれる面白みだと、
私は 思った。
そして、最終的には、商品そのものと、それらを使うための知識・情報と商品の2本立てでいこうと。


2000年 9月
約1年の準備期間を経て、WIZARDを立ち上げた。
最初は、どんな風に立ち上げたものかと、
色々なサプライやーを廻り、興味のあるものは片っ端から実際に試していった。
もどかしい英語と、打っても響かないオージーの反応に業を煮やしながら、
結局、納得のいくものだけを、好きなだけ扱いたいと思った。

大きなビジネスは、それまでに十分やってきた。
億の売上も、在庫も持ったこともある。
マスにはマスのルールがある。
でも、私がこれから扱うものは、"生鮮物"のエッセンシャルオイルである。
し、いまのところ、生活必需品とは言えない。
それなら、とことんわがままで、興味と納得の行くものだけをやろうと思った。
それこそが、アロマセラピーの面白味だと。
わがままにやるには、オリジナルブランドだと。


2001年 4月
実は、まだ日本に居た時にも、ほんの少し"アロマ セミナー"の真似事をしたことがあった。
私も長い間そうだったように、アロマセラピーやエッセンシャルオイルに興味はあっても、
バーナーで炊く以外にどう使って良いのか、今ひとつよくわからないことが多い。
かといって、いきなり何十万も払って勉強するかどうかというとギモンである。

シドニーへ来て、いろいろなワークショップなどにも参加しているうちに、
手軽に楽しめる方法はもっとある!
もっと知って欲しい!
という気持ちが湧いてきた。

実は、仕事とは別の所で、
パソコン通信のセミナー
とか、
インターネットのセミナー
とかもやっていたことがある。

セミナーって、嫌いじゃない。
いや、むしろ好きかも(^_^;)

ということで、やっぱり"IFA"という肩書きはあった方がいいかなと思い始めた。
でも、学校のアロマは"マッサージのアロマ"でしかない。
私自身は、アロママッサージを受けるのは大好きだが、
自分が"マッサージセラピスト"には向いていないと思っている。
し、マッサージだけではない、
"処方のアロマ"
"エナジェティクスなアロマ"
の世界が、もっともっとあると思っている。

が、アロマの学校の先生であったAnnaの、
「確かにIFAはマッサージ中心だけれど、まずは、
それを知っておくことは悪くないし、結構奥行きはあるものよ」
という言葉に、学校へ行くことにした。
(通学に関する詳細はこちら→)

この年は、アロマセラピーと東洋医学の統合を試みておリ、
「スピリットとアロマテラピー」
の著者でもあるガブリエル・モージェイが来豪した。

また、フローラルウォーターの使い方をもっと研究したいと思った矢先に、
「ハイドロゾルズ」
の著者、カティ・スーザンも来豪。
いずれのセミナーにも参加できたことも大変刺激的で、
さらなるアロマセラピーへの世界へ私を導いてくれたように思う。


2003年
商品にこだわることは言うまでもないが、
セミナーをもっと充実させていこうと思っている。
"ソフト=知識&情報"はとても大切だと思っているから。

学校へ行ってみてよくわかった。
IFA認定の学校で教えることには限界がある。
本当のアロマセラピーは、それが終わってから始まる。

今、日本の家庭の中に入っている、合成の芳香剤が全て天然のエッセンシャルオイルに変るくらい、
家庭で、日々の生活の中でアロマセラピー
を当たり前のものとして使ってもらえるようになればいいなと思っている。
そんなアロマを広めたいと思う。

もうひとつは、ある程度きちんとアロマセラピーを勉強した人が、
次なる方向性を見出すための知識や情報が提供できるようになればと思っている。



これから
"アロマセラピー"や"スリーインワン"を学んだことで、
妙に"アロマセラピー""スリーインワン"にとらわれてしまっている自分を発見。
昔々知っていたことを、随分忘れてしまったような気がする。
それらを取り戻しながら、これまで学んだ"アロマセラピー"の枠、"キネシオロジー"の枠を越え、
本来自分が持っていたものを取り戻し、より自由に楽しめるセラピーになってゆくなぁと感じている。


一緒に楽しみませんか?


 
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